『経験と自然』第6章 デューイ
東大田中ゼミでの輪読本。今日は6章の<Subject>と<Object>についてがテーマであった。
その中でも李さんのコメントが本当にはっとさせられた。理解できても、説明できるほどの力がないなあと感じる、高度な日本語と学問で、不十分で、非学問的な言葉の扱いが多々あるかと思うが、とにかく今日を記録することを目的に書き留めさせていただきたいと思う。
- - - 以下、コメントの抜粋引用- - -
デューイは近代科学の積極的な結果として、「経験するもの、経験の方向についての方法、経験の変化がいかなるものか(how)へと、協調が転換されたこと」を上げている。(略)近代科学は対照の本質ではなくそれがいかに生じるか、それをいかに統御するか、ということに関心を持つ。したがって「近代の自然科学は、生産の所持受けんの発見に関わるり、結果のための手段として使用されることに関わってきた」
「火とは何か」ではなく「火はいかに生じるのか」を問う。が、近代科学によって人間は自然を手段として利用し支配するようになった、と思えるがそうではない。なぜなら「火を起こすことは関係的なものである。」火を起こすには、酸素が必要で、利用するにはこの関係性を理解しなければならず、仮に間違った手続きを踏めは抵抗(object)に会う。
ここで「間違った手続きを踏めば抵抗にあう」という単純な事実は、真理観の大きな転換を指示している。なぜならここで正しい/間違いという評価の対照が、世界を写し取る命題それ自体ではなく、そこに至る「手続き」の方へと移っているからである。そしてこの「正しさ」とは世界を正しく写し取っているという意味ではなく「抵抗を受けていない」という意味であり、したがって「正しい」というようりも正確には「いまだ間違っていない(抵抗を受けていない)」状態を意味する。
- - -以上- - -
まずここまでに、浅はかな私には真理のようなものに一歩近づけたような気がして、非常に興奮を覚えた、こっそりと。「正解とはなんなのか」「正しさとはなんなのか」を幾度も問われる世だと今すごく思っていて、あくまでおそらく「いまだ間違っていない」に過ぎないという認識は非常に重要だと思う。
というのも午前中は教育史を三田で受けていて、今日は森有礼が教育をつくっていく話だった内容と繋がったからなんだと思う。彼は天才的なカリスマで、国を変えた人物であり、みなぎる改革のパワーと意志を持っていたように思える。しかしM19/1986年に出した「師範学校令」の教育目的では、「上司には順良に、同僚には信愛に、生徒には威重に」と書かれている。そうして「隣人のため/社会のため」には、「国のために」にすり替わって戦争は始まるし、この目的自体に今共感できるとは思えない。そしてそんな教育を作ってきた未来が今・ここであり、おかげさまでたくさんの変えにくい、課題がころがっている。
結論だけ伝えれば、とても普通で、よくある議論ではなるけれど、結局自分がつくりたい未来だけじゃなくて、つくりたい未来の先に、もし実現したら次どうなるのかを考えなくてはならないんだと思う。火と違って、教育は(比喩として)火が起こされるまでに時間がかかる。それまでは仮説だ。完全な抵抗とは名づけられなくても、何らかの火を起こした時に抵抗(らしきもの)が起きたときでは遅いのだ。二酸化炭素の割合が多ければ、ようやく火がつきそうなときに、大きな抵抗が生まれるんじゃないかと思う。うまく言えないけれど、「正しい」じゃなくて人間に限らず、すべての今ある答えのようなものは、「いまだ間違ってない」にしか過ぎないのだ。
ただ、李さんのコメントはそもそもここが論点ではなく、「でも火には、絶対的な抵抗があるけれど、人間社会の現象には絶対的な抵抗ってあるのかな?その場合は誰が抵抗と認めるのか、認識するのか?とか不毛な議論が容易に想像つくよね。」みたいなことだった。物質的/科学的ではなき場合、正しさを結論づけることについて、「悪にもメカニズムあるのかね」「習慣からとらえるとどうだろう」「法に従うことで、抵抗を避けるのでは」「理念とかはどうしているんだ」「人間は冒険を求める傾向がある」「今はないけれどいつかあるを信じがち」「アレントはその設定された理念自体の正しさ/間違いに気づけず、あらゆる手段を正当化してしまうよ、とデューイを批判している」など会話が続いていく。
まだ「面白かった」という感想までしか到達していないけれど、とかく面白かった。言葉に宿る意味をたどり、解釈をさらに深めていくことは、今日常で当たり前に話している言葉の意味や力や、可能性に気づける時間であり、面白い。主体と客体、そしてその媒体(midium)になりゆる主観的精神(subjective mind)の関係性なども学びになったなあ。ふう〜。また火曜日が過ぎて行きました。
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